消えかけているカラダ感覚


6月は、個人的にだいぶメンタルが落ちていた感もあり、 何か文章などを書く気にはまったくならなかったが、 ようやく月も変わり、落ち着いてきたようだ。 楽しいことをやっていても、疲れるもんは疲れる。 それは最近の、改めての気づき。 そして、 明確に意識するようになったのは、今年の春ぐらいからなのだが、 来院される方のカラダに、ある種の異変?みたいなものを 感じる機会が増えてきた。 最初は、気のせいか? はたまた、さすがに思い込み過ぎか? とも、思ったのだが そのぼんやりとした妙な違和感みたいな感覚は、日々増していくばかり。 それは、来る方来る方 触れるカラダのほとんどが、 なんだか、そこに在るのに、そこにいない そんな感覚。 それを、もっとも顕著に感じるのが足だ。 それは足指の骨であり、一番は、踵。 実際問題は、 腰が痛いか、股関節が痛いか、あとは膝の痛みを自覚して 来院される方ばかりなのだが、 そのどの方のカラダも、共通点のひとつが 足が無い感覚なのだ。 この感じを、どう表現したもんかと思っていたら ちょうどよい画像をみつけたのがコレ。 江戸時代を代表する画家のひとり、円山応挙作のこの画。 もうね、みんなこんな感じ。 腰から下が無い。 意識が、自分のカラダから完全に無になっている。 それがどういうことを意味するのか? 足という存在というものは、ただ立つだ歩くだをするだけのものではない。 もうひとつ大事な機能としてあるのが、 【自分の内側の力み、体内圧を足首→足指&踵を通して排出する】 という重要な役目がある。 これが行われないと、その体内の圧は内側に残ったままとなり、 最終的にこれが自分の腹腔。 わかりやすく言えば、自分の内臓を殺す。 だからこそ、カラダは痛みを出して報せる。 コロナ騒動により、 在宅ワークや外出制限、そして旅行や遠出の機会の減少が、 この1年、ほぼ全員の身に起きているのが現実。 もう、運動したほうがいいなど 悠長なことを言っている段階は過ぎている気がする。 何も不安を煽る気はさらさらないのだが、 ことカラダに関しては、前向きに危機感を自覚するべきだと思う。 カラダ感覚は、 半分消えかけている。


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