触るのが、好きなんだ。


骨に触れる。 

骨で触れる。


【粉骨砕身】(ふんこつさいしん) というコトバがある。


その意味とは、力の限りを出しきって事に当たること

骨身を惜しまず一生懸命に働くことのたとえ


と、ある。


でもなぜ、所謂 “がんばる”というような状態を表すのに

筋肉が出てこないのだろうか?


なぜゆえに、骨身 なのであろうか・・・。



今日、 自分の仕事のコンセプトみたいなことを考えていた。


カラダに関わる仕事を始めてはや17年。


いったい自分にしかできないこととはなんなのであろうか?


自分がしていることとはなんなのであろうか?


もっとシンプルに言えば、


人様のカラダさまに対して、


自分のお役目とはなんなのであろうか?


そんなことを考えていた。


よかったことは、それを一人ではなく


もう一人と共に考えられたこと。


ビジネスパートナー・・・、みたいな存在でしょうかね。


その方に、不意に言われたコトバが、



『触るの、好きですよね?』



だった。



たしかに、その通りだ。


私は、“触れる”ことが好きなのだ。


では、一体 何に触れるのが好きなのだろうか?



皮膚。


筋肉。


いや、違う。



骨だ。


骨に触れるのが好きだ。


極論を言ってしまえば、


その人(クライアントさん)そのものよりも、


その人の内側に存在している骨の方が信じれる気がする。


少なくとも、私にとっては。


でも、今の人たちの多くは


自分を一番支えてくれるはずの存在である骨を忘れてしまっている。


もっとドライに表現すると、


その人の脳の認識の中に、骨の存在がなくなっている。


脳というハードディスクの中に、骨というデータがなくなっている。


いや違うな。


データはあるし、消えていないが、


クラウドみたいな感じで、そのデータにアクセスできなくなっているみたいな感じ。


だからこそ、直接 アクセスするのだ。


骨に直接触れる。


そして、その骨に触れることにより


痛み という反応を利用して脳と骨とを繋いでいく。


それがなんだか、


その人自身と、その人の本質みたいなものとを繋ぐみたいなことになる。


私はそう、思うのだ。



あまり詳しいジャンルではないのですが、


マナカードという「ハワイ」で生まれた、44枚のカードがある。


その中のカードに「カードNo.20イヴィ」があり、


「イヴィ」とは、ハワイ語で「骨」のこと。


そして、その意味は「尊敬」だそうです。


私自身、これは感覚的にすごく腑に落ちる。


ただ、「尊敬」と言っても、それは他者に対してではなく


「自分への尊敬」であり、


そのまま「自分の骨への尊敬」であり


「自分の骨を敬う」ことが、本来あるべき状態なのだと。


そして、それを行うのが私のお役目なのですよ。



人生は、上々だ。

五反田整体院

https://www.gotanda-seitai.com/






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